今日はこんな話。

運って言う言葉を聞いて、どんなかんじをうけますか?

私は「運」は降ってくるもの

幸運に恵まれる
運がついた

運がいい

と言うような言葉から、

運は「与えられるもの」
「棚から落ちてくるぼた餅」

だと思っていました。

いやいや、「運はつかむものなんだよ」という意識高い意見も合るでしょう。
一歩違うかんがえに

「運はつかむもの」なんだよ

という教えもありますよね。
でも
それでも

「運」がきたら、「つかむ」

なので、「運」はそこでも向こうからやってくるイメージです。
私が今、未知半ばでふと、腑に落ちたことを言えるとするなら、
「運」は自分の手で作り出すものだと言うことです。

「そんなことできないでしょ」
「それって、運っていわないじゃん」
「努力」って言うんでしょ」

そうかもしれません。

私は「努力」って言う言葉にあまりいいエネルギーを感じてないので、使うのはやめます。

日本って、「謙譲」の精神が卓越してますからね。

「私は努力してるんです」って
正面から言うのをためらう人は多いんですよ。

あ、すみません、脱線しました。

「運」はつくるもの 自分で。
じゃあ、何を材料につくるんでしょう。

何かを作るには材料がいります。

「運」は「行動力」「決断力」「やってやろう」という情熱
が「運」の正体なんです。

運の裏にこれらの行動がくっついてるんです。

「やるぞ」と決めて、「行動」やって、「やってやろう、絶対つらくてもあきらめない」この3つでやりつづけると、
「運」に変身するんです。

わかりやすく

「運」と「努力」は同じなのです。

といって、「努力」ってたいへんなことって思わない人はすばらしい人です。

ぜひそのまま努力すれば、

「運」がつかめます。必ず。

そのとき、

「運」は自分で作ったなーって

思えているはずです。
「努力」が嫌々なものじゃあだめですよ。

それでもある程度までは成功できるんです。

苦しかった受験勉強みたく。

でも、それは、「運」に奈良ないんんで素。

苦しかった努力をしたら、
必ず、「運じゃないんです。努力なんです。」って言いたくなるでしょ。

だから運じゃないんです。

ものすごいしんじられないほどの成功をしたいなら、

努力だけじゃ足りないんです。

運も必要なんです。
って、成功者は言ってませんか?

運の裏にぴったりとついて離れないのが、努力を努力とも思わない、前回転の情熱と行動なんです。